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2015年7月26日 (日)

革靴の中のレジスタンス。

靴下がぼくを困らせる。

もうずっと長いことはいていたから、ゴムがゆるくなるのはわかる。それが経年劣化というものだ。
人間だって、機械だって、靴下だって、長いこと生きていればガタがくるのだ。
それはもう、覚悟して迎えなければいけないことなのだ。

問題は、経年劣化靴下の中に時折あらわれる、反抗する靴下なのである。
ゴムがゆるんだ靴下が、ふくらはぎをホールドできなくなって、かかと近辺まで落ちてくるのはわかる。万有引力の法則というやつだ。
「すまん、オレ、もうお前のふくらはぎを守れなくなった」
みたいな状態の靴下であれば、
「いいんだ。お前はよくがんばった。お疲れ様」
くらいのことは言えるのである。それがお気に入りの靴下であれば、目尻に涙すら浮かぶかもしれない。

ところがだ。
反抗する靴下ときたら、ふくらはぎからかかとを通り越して、土踏まずあたりまで落ちていくのである。
いや、かかとを通り越したところから横移動になるので、落ちていくという表現はおかしい。おかしいけど、他に何といっていいのかわからない。
だいたい横移動ってなによ。それはもう、自然現象ではなく、靴下の意思からくる行動ではないか。

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2015年7月22日 (水)

アディダスにさようなら。

何年も履いて壊れてしまったスニーカーを捨てようとしたところ、ウチの娘さんに、

「捨てる前に写真撮ったら? 気に入ってたんだし」

と提案される。
なるほど女の子とは可愛らしいことを考えるものだ、と感心しつつ、犬の散歩のついでにスニーカーの「遺影」を撮ることにする。

散歩しながら自分で自分の足元を撮るのが意外と難しかったので、撮影はおおむね娘さんにおまかせしたのだが、撮影された画像の全体的な傾向として、なんというか、はたしてこれはスニーカーを撮ったといっていいのだろうか、というような作品が多かったように思う。

Fullsizerender

……犬を撮りたかったのだろう、これは。
というか、なんでぼくの足がマイケル・ジャクソンみたいになっているのだ。

2015年7月21日 (火)

最後のお買い物。

リブロ池袋の最終営業日、吉田戦車の『おかゆネコ』最新巻を買いました。

跡地には三省堂が入るそうですね。

三省堂、わりと好きではあるのでちょっと安心したところはあるものの、大昔、神保町の書店街を徘徊していた頃は、三省堂よりも書泉派でした。
もう神保町にもとんと行っていませんが、風の噂によると、書泉はずいぶんと思い切ったキャラ転換を行ったみたいです。
「オタク文化にも強い総合書店」から、「オタク専用書店」に変身したらしいんですけど、ホントかなあ。そのうち、神保町に足を運んで確認してみようと思います。

それにしても新しくやってくる三省堂はどのような面構えの本屋になるのでしょうか。ただの大きな本屋だったら、ジュンク堂にかないませんからね。

リブロで見つけた高橋源一郎のサイン。



2015年7月11日 (土)

これという内容もないような。

ブログを更新すると、Facebookに自動的に通知される仕組みを導入しているのだが、いつのまにやら無効になっていたようだ。
(現在は復旧済……のはず)

この手のサービスは、「無料」、「英語」、「不安定」というのが普通らしいので、こういう場合、

「ま、そういうこともあるよね。ふふ」

くらいの感じで対応するのが通というものらしい。

それはさておき。
それほど頻繁に更新するわけでもないブログの更新状況を、なにゆえにFacebookに通知するのか。
我ながら、それがわからない。

世界に対して何か発信しようという意欲も、メッセージも、文章力もないこのワタシが。

おそらくは、なにかの偶然に、

「ブログの更新状況とかって、Facebookと連動できるらしいよ」

ということを知ってしまい、

「えー、タダでできるんだー。やってみるー」

みたいな感じで方法を調べたり設定したりしたのだろう。
おおそうかも。たしか、そういうような気がしてきた。

実際、ブログを書いただけで、Facebookに「更新されましたよ」みたいなメッセージが自動的に表示されるのって、やってみるとちょっと面白かったりはする。
まあ、すぐ慣れちゃうのですが。

こういう、目的と手段が逆になってしまうようなことって、人生の中で時々起こる。
なにせ時々なので、今ここでぱっとうまい例は思いつかないんだけど、たまーに起こる。

たとえば、新しい自転車を買って、とにかくペダルを踏みたくて、行き先も決めずに出かけてしまう感じ……かなあ。

ついさっき、パソコンの中から、
「ビルの街にニャオー」
という名前のファイルが発見された……のはいいんだけど、中には何も書いてない。
おそらく、まずはタイトルを思いついてしまって、中身はあとで考えるつもりだったのだな。

それにしてもこのタイトル……。
もし文章として完成していたら、どういうものになっていたのだろう。

2015年7月 8日 (水)

新米ママ学ぶ。

先日、本屋で、

『ママ友とのコミュニケーションに失敗しないためのドリル』

というようなタイトルの本を発見。

ちょっと怖い気持ちになってしまったので、中に何が書いてあるのか確認したりはしなかったのだけれど、なんというか、これはなかなか大変な事態なのではないだろうか。
ママ友を作るためのドリル、ではなく、ママ友とコミュニケーションするためのドリルっすよ。
そもそも、コミュニケーションをとるのにドリルを使って練習しないといけないような関係性の人を、友と呼ぶ必要があるのかどうか。もしくは、呼ばざるを得ない事情があるのか。

それはそうと、ドリルって怖い言葉ですよね。
反射的に、夏休み最終週の過酷な日々の思い出がよみがえってきませんか。
計算ドリルとか、漢字ドリルとか。

2015年7月 2日 (木)

知らないことがあふれてる。

ぼくはそんなにたくさん本を読むヒトではない。
……のだが、どういうわけか、本屋を散歩するのが昔から好きなのだ。

大型書店の一階(もしくは地階)から最上階へ。
雑誌、文学、マンガ、哲学、医学、絵画、経済、技術、写真、学習参考書(っていうかもっといろいろ)。
ならべてある本の、表紙や背表紙を眺めながら、だらだらと歩くのが好きなのである。

散歩のコースは単純で、要するに、本屋の下から上まで適当に歩く。
その売り場にある本に興味があるかどうかはあまり関係ない。
興味を引かれた本があれば、手に取ったり、そのまま買ったりもするけれど、莫大な数の本がならべてある本屋において、自分が買いたくなる、というか、読みこなせる本なんてたかがしれている。
「表紙にタイトルが日本語で書いてあるのに、何の本なんだかさっぱりわからねえ。ははは」
などと思いながら歩くのが好きなのだ。

大きな本屋を歩いていると、世界には、知らないことがたくさんあるということがよくわかる。
というか、知らないことだらけだ。

手に負えないくらい知らないことがあふれてる。

……と感じることが、なぜかちょっと心地よく、安心するのである。
(この気分、もうちょっとちゃんと考えてみたいような気がしてきました)

そんなわけで、池袋西武百貨店のリブロ閉店という事実に心を痛める昨今です。
貴重な散歩コースがなくなってしまう……。

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